はじめに

マックスプランク研究所はドイツ全国に複数存在する最先端の研究所であり、ミュンヘンには精神科における基礎研究・臨床研究共に行われている(図1)。元々はクレペリン研究所であったが、ナチスドイツの資金を得た研究者の名前は戦後除外されており、クレペリンは現在は通りの名前のみ残っている(図2)。戦後は資金不足からアメリカのロックフェラーからも研究資金を得ており、マックスプランクはドイツの研究所のなかでも潤沢な資金を得ている研究所といえる。ドイツではノーベル賞を獲得する研究は当研究所で行われた業績が多く、中核的研究所といえる。マックスプランク病院として臨床機能もあり、重症のうつ病を中心に入院・外来もあり、臨床研究と一体となって施行されている(図3)。特に最近はうつ病やストレスとHPA-AXISの関する研究が盛んな事で有名である。またドイツの教育制度や医療従事者の体制についても調査を行い、今後の滋賀での精神科医師増加のための参考とした。

図1. マックスプランク研究所

左が研究棟の正面写真で、右が入り口。入り口はパスワードロックされており、訪問客は研究者に入り口の電話で連絡して開けてもらう。通勤は半数以上が自転車であり自転車専用道路もあり、ドイツは自転車天国といえる。

図2. 研究所のあるクレペリン通りと研究所内にあるクレペリンの銅像。

通りの名前はまだクレペリンが残されており、その存在感を示している。精神科医にとってクレペリンは知らない医者はいない有名人である。

図3-1. マックスプランク クリニック。病棟の全体と入り口。

ドイツでは開業医はプラクティスといわれ、日本の病院規模はクリニックといい、ホスピタルは数千床クラスの病院に分けられている。外来は敷地内の別の小振りな建物で行われることが多い。

図3-2. 左がクリニック入り口、右が外来入り口

外来は幾つかの建物が並んでおり、それぞれが別の建物になっている。

ドイツの教育システム

まずドイツの教育システムについてだが、6才から15才までの9年間が義務教育となっている。しかし初等教育は4年(10歳)までで、中等教育以降は職業人向けと高等教育向けの学校は厳密に分けられている。Hauptschule(ハウプトシューレ-基礎学校)、Realschule(リアルシューレ-中等実技学校)、Gymnasium(ギムナジウム-中高一貫校)と3ランクに分けられる。ハウプトシューレ-基礎学校は就職のための専門的な職業教育が行われ、大学受験の道はなく、職業訓練学校を目指すことになる。大学への進学を希望する場合は、1番上のギムナジウムという進学校に進み、大学進学に必要なアビトゥア資格の取得を目指す。2番目の中等実技学校はその後の努力で大学受験資格取得ができる。また留年は2年までで、2回落第すると退学となってしまう。退学すると学歴はそこ止まりで、その後は肉体労働などを外国人労働者並みの賃金で一生行うしかないという。
医師はギムナジウム卒業生がなるため、ドイツの医師はほぼ英会話が可能である。また大学前のインターン制度では、1年間の時間があり、主に海外で様々な経験を積んだ後大学入学することが多いようです。マックスプランク研究所でも大学生が嘱託として年単位で雇用されており、彼らは英会話についても日常会話は問題無く可能である。また看護師、検査技師といった医療スタッフもほぼ英会話を可能としている。博士研究員(ポスドク)として様々な国からの研究生を受け入れており、施設内は英語が共通語として使われている(図4)。残念ながら日本の大学では、海外の留学生と会話できるのが職員の一部であり、海外の留学生の受け入れ体制には彼我には大きな差が開いているといえる。

ドイツ人の仕事ぶり

仕事のスケジュールにおいても日本人とドイツ人は時間の使い方が異なり、ドイツ人は9~17時で残業はほとんどなく、昼食も職場全員で食べることが多い。決まった時間できっちり一段落をつけることが多い。当研究所で残業するのは外国人のみとの話もあり、ヨーロッパのスケジュール管理はかなり徹底している。有給休暇も30日あり、全員が使い切る。そのうえ一度に2日以内の休みは事前連絡なしで、取ることも可能である。彼らは夕方から家族や友人との時間を大切にしており、いわゆる仕事中毒とは異なるライフスタイルで、世界的に有名な業績を上げている。日本においては全職種で長時間労働が問題になっており、ライフワークバランスについては、ヨーロッパに学ぶことが多い。特に両国の違いとしては会議時間とワークシェアリングが上げられている。当研究所のチームリーダーに業務の話を聞いたが、いわゆる会議の頻度は日本が圧倒的に多く、まさに会議に忙殺されているといえる。会議の必要性の見直しが、時間の使い方の見直しに最も有効ではないだろうか。またドイツでは研究所のパートとして、医学生を年単位で雇用しており、学生のうちから医療の様々な面に触れている。またドイツでは大学入学前に一年間インターンを利用して様々な経験を踏まえた上で、進路を決定する。彼らの多くは海外で労働や学習に参加して、自分の事や母国について学ぶ。昨今日本の若者は内向きといわれるが、そもそも外向きの若者が排除されやすい仕組みがそういった傾向を助長しているといえる。外を向けというのなら、外を向く援助も必要である。地域精神医療学講座では医師2人が今期海外研修に出向いており、日本の医療を海外と比較する機会に恵まれた。そういった経験を学生や研修医に伝えることにより、医師の可能性を後輩に伝えていきたい。そして夢を持って、精神科医療に関わる人材が当科に参加してくれれば幸いである。これから医師を目指す若手にとっても将来の希望や労働環境は大きな関心事項であり、夢への支援や労働時間を含めた処遇の改善は急務といえる。

図4. 中国からのポスドク2人。研究所も病院も院内のスタッフの会話は全て英会話である。ドイツ人以外の部屋は日本同様雑然としていることが多かった。

 

スタッフとの面談

Dr. Ising MとDr. Steiger A(図5)の面談では、ドイツの精神科医療に関して幾つか興味深い話を聞いた。また彼らの部屋の印象としては非常に整理整頓がされており、ドイツ人の潔癖な性格が部屋にも現れていた。積み上がった書類は見あたらず、きちんと整理整頓がなされていた(図6)。またドイツでは医師の部屋は病棟の患者と同じフロアにあり、患者と隣どうして過ごしている(図7)。ドイツでは冬が厳しいため日光浴が好まれており、照明は間接照明主体で眩しさを抑えつつ、日光をふんだんに取り入れる構造が目立った。私がDr Steiger Aに対して「患者と医師が同じフロアでは日本では過ごさないが、ドイツ方式で何か不自由はないか」との質問にも「特にない。すぐに診察できて便利である」との返事であった。また医師の部屋は診察室兼用であり、研修医も個室を与えられていた。患者の部屋は個室か2人部屋であり、プライバシーに関しては明確な基準の差を感じた。またドイツでは収入により保険が異なり、高所得者は民間の医療保険に入り、低所得者は公的保険に入る事が義務づけられており、収入に応じた医療費の負担が明確である。
Dr. Ising Mからドイツでの精神科医療について聞いたところ、日本で問題になっている新型うつ病、非定型うつ病といった未熟な性格を伴ううつ病はサイコセラピストのカウンセリングが主体であり、いわゆる精神科薬物療法と別の対応をしているそうである。他罰的な人間は抑うつよりイライラがメインであり、薬物反応も悪くむしろセルフコントロールが必要であり現実的対応といえる。またマックスプランク研究所では、精神科領域としてはHPA-axisに注目しており、デキサメタゾン抑制試験(DST)を入院したうつ病全例に施行している(図8)。現在はDSTの反応に関わらず同じアルゴリズムでの治療を施行している。DSTはうつ病患者では抑制がかからず、うつ病のバイオマーカーや新たな治療薬として注目されている。マックスプランク研究所でも所内発表会は定期的に施行され、ポスター発表はあちこちにされている(図9)。DST陽性は一般的にうつ病の急性期に良好な反応がみられ、うつ病の慢性期や健常者では反応しないといわれている。現在はDSTの反応と疾患の有意差は明らかでないが、1つのヒントとして注目されている。またDST陽性はストレス反応から説明されるモデルなど様々な精神疾患との関連も注目されている。当院でもDSTを導入しバイオマーカーに注目した最先端の医療の導入を今後進める予定である。

図5. 左がDr. Ising M、右がDr. Steiger A。部屋は主に日光で明るく、日中は照明はついていなかった。

図6. それぞれの部屋。収納がきちんとしている上、ポスター・植物などが各部屋に置かれ快適な部屋になっている。

図7. 左が病院廊下、右が多目的室。病棟廊下は間接照明で照度を押さえ、奥の多目的室は日光で明るくしている。

図8. 左がデキサメタゾン抑制試験の検査室、右は偽窓。ドイツ人は日光好きなため、地下施設でもあえて偽窓で外の光を演出している。

図9-1. 作業後の睡眠の影響の報告ポスター

図9-2. 遺伝子とストレスやホルモンの影響についてのポスター

Dr木村とDr北市との面談(図10)では、動物モデルを通じての睡眠とストレスの関係についての話や、遺伝子解析の話をうかがった。最近の研究としては遺伝子解析を含めた薬剤反応や、動物モデルによるストレスへの睡眠への影響などが当研究所で注目されている領域であった。研究室はネズミの管理から部屋の管理まで、ベテランの臨床検査技師に仕切られており、実験実施や部屋の整理整頓も検査技師が仕切っている(図11)。検査技師領域には医師も口出しができず、彼らの管理と責任のもとで実験は施行されていた。本来医師・看護師・検査技師は職種の違いで専門性に上下はないはずだが、日本ではなかなかそうはいかず、医師が全ての責任と決断を要求される事が多い。しかし高い専門性を持つスタッフの発言は本来もっと重視されても良く、ドイツで専門性に応じた分担業務については学ぶことが多い。日本に医師も全ての責任と負担がかかると過重労働の問題も当然発生する。本来のワークシェアリングは専門性に応じて実施されるべきであり、それができないと研修医や若手医師が雑用のみに追われて、本来の考える業務が不可能になってしまう。当科でもコメディカルとの連携により、医師に本来の業務に専念してもらうシステムを考えており、若手医師にも魅力的な職場を目指したい。そういった意味ではドイツのシステム化された職場は非常に参考になった。動物からの人への臨床研究の応用であったり、いずれは遺伝子検査などによるオーダーメイド医療であったりも含めて、経験や勘に頼らない治療スタイルも模索していきたい。そういった先端医療は多数の医師の興味を引く領域であり、若い医師にとっても挑戦するモチベーションになるのではなかろうか。また研究に興味がある医師にとっても、遺伝子やHPA-axisは未知のフロンティアであり、やりがいのある分野といえる。当院でもそういった分野で情熱のある医師の新たな参加を勧めるためにも、当院でなくてはできない分野や領域を拡げていき、そこを通じて滋賀県の精神科医の増加に貢献できれば幸いである。最後に個人的にドイツの機能的デザインには非常に感銘を受け、ドイツという国に対して好感を持ったことを報告させていただく(図12)。

図10. 左がDr木村、右がDr北市。それぞれの部屋での撮影。

図11. 左がネズミの手術台、右がネズミの管理室。ネズミを一部屋に何匹入れるかや、掃除・餌の管理まで検査技師が仕切っている。データの記録も検査技師が施行して、彼らの存在無しでは実験計画は一歩も進まない。

図12. 左が災害などの救急用ボックスで、右隣に絆創膏がある。右はカンファレンス室の間接照明で、ライトの下にガラス板を設置して、直接光が当たらないようにしている。

図13. 左がマックスプランク研究所の標識。右が研究所内のドアノブとライトスイッチ。